闇の文化史  モンタージュ 1920年代(池田浩士コレクション5)

池田 浩士

4,200円 +税

ISBN: 978-4-7554-0139-8        2004年03月発行

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ダダ、未来派、表現主義、ロシア・フォルマリズム……。ラディカルな芸術と 政治が相克し苦闘した1920年代とその諸問題を全体性の視点でとらえた長篇論考。池田浩士コレクション5(第1回配本)

 ***

闇の文学史  モンタージュ 1920年代
目次

一九二〇年代への視座——序にかえて——

Ⅰ章 新しい文化を求めて——ドイツ 一九一六—二二年——
 1 表現主義からダダへ
  世界の終末
  ドイツ革命と表現主義
  『ノイエ・ユーゲント』の歴史によせて
 2 ベルリンのダダイストたち
  終わりの始まり
  ベルリン・ダダの横顔
  ベルリン・ダダとドイツ共産党
 3 文化の革命とは何か?
  ブルジョワ文化の〈敵対者[ゲーグナー]〉
  〈芸術ヤクザ論争〉
  〈プロレタリア文化〉をめぐって
  ピスカートルとプロレタリア劇場運動

Ⅱ章 ロシアのアヴァンギャルドたち
 1 ロシアよ、汝はその旗を振った……
  ロシアを救え!
  世界は同時性を獲得する
 2 過去との対決——プロレトクリトと未来派
  ロシア未来派の十月
  プロレトクリトの形成
  ロシア共産党とプロレトクリト
 3 革命の芸術——芸術の革命
  〈文化遺産〉と文化の創造
  〈共産主義未来派[コム・フテイ]〉の苦闘
  〈政治〉と〈文化〉の分離

Ⅲ章 機械の征服——身体の奪回
 1 新しい技術と新しい表現
  ベルリン 一九二二年
  機械との対決
  歌の言葉もまた変わるだろう
 2 技術は内容に優先する……
  蔵原惟人と機械的技術の問題
  ルー・メルテン=G・G・L論争
  実用価値としての形式
 3 〈機能〉の自己発見
  機械化された民衆芸術——〈ビオメハニカ〉
  〈アトラクションのモンタージュ〉
  〈三〇年代〉への二つの道

Ⅳ章 黄金の一九二〇年代[ゴールデン・トウエンテイーズ]
 1 モンタージュからルポルタージュへ
  セルゲイ・トレチャコフ
  〈事実〉を求めて
 2 ファシズムとスターリズムのはざまで
  形式主義批判と〈文化官僚〉
  総決算としての表現主義論争
  芸術は武器たりうるか?
 3 大衆文化の問題によせて——補説

あとがき

+α

〈参加の時代〉の果てに——簒奪された文化革命の歴史
 1 未完の文化革命——ドイツ一九一八—二三年——
  クルト・アイスナーと文化の革命
  〈参加〉の文化の模索
 2 〈党芸術〉の隘路——表現主義からファシズムへ——
  自発性か党派性か
  新しいメディアをめぐる闘争
  ハンス・ヨーストの歩んだ道
 3 実現された受け手の参加——ドイツ 一九三三—三七年——
  ティングシュピール——大衆参加劇の興隆
  共同体理念の偉大と悲惨
  〈永続革命〉のもうひとつの敗北

コレクション版あとがき